2010年8月19日 (木)

引っ越しました。

8/19以降のかじゅまる日記は、お引越ししました。

http://guidinglight.rakurakuhp.net

で、ご覧になれます。

よろしくお願い致します。

2010年8月 6日 (金)

シエスタ

今日は久しぶりに何の予定も入れていないOFF!

・・・と楽しみにしていた。

朝はゆっくりグースカ寝て、ダラダラ1日を過ごそうと計画していた。

でも、まず暑さにやられた。

クーラーの効いた寝室で寝ていたものの、旦那さんが

目覚めると同時に、こちらも目が覚めてしまい・・・。

結局、まずは主婦業に取り掛かることになった。

朝食のあとは、洗濯。

並行して、メールチェックなどを済ませる。

洗濯し終わったあとは、自死遺族としての仕事と

大阪市の部会の専門委員としての仕事に突入。

実は、昨日の部会と、ワークショップの打ち合わせで

思いのほか宿題(?)が結構出たので、ひとつずつ取り掛かることにした。

そのあとは、ワークショッププログラム案の再考。

そのために、久しぶりに高橋祥友先生監修の

「自殺で遺された人たちのサポートガイド」を読むことにした。

この本はアメリカ人が書いてる本なので、文化的な背景や

お国柄で、そっくりそのまま日本で適用できない部分もあるけど

大半が役に立つ情報が満載。

クーラーの効いた寝室でこの本を読んでいたら、

いつしか睡魔に襲われ、爆睡。

次に目が覚めたのは、午後6時を過ぎていた。

約4時間のシエスタ。

ほんと、こうも毎日暑かったらシエスタがないと

やってらんない。

目覚めてからしばらくはボーッとしていたけど、

ようやく意識がここに戻ってきたんで、また主婦業に戻って

クリーニングを出しに行った。

そして夕飯のお買い物。

夕飯を作るのはあとからなんで、先にブログをUPすることに。

そしてこのあと、再び自死遺族としての仕事と大阪市部会の

専門委員としての仕事に戻る。

部会では、何かと資料がいっぱい出るのでいい加減整理することに

した。専門委員となってから約2年。

その間の資料が山積みとなっている。

なんとしても今日中にこれは片付ける。

だって、明日はフラのレッスンの日だから。

では、今日はこの辺でおしまい。

2010年8月 4日 (水)

愛されて・・・

人は愛されるから、生きられるんだな。

今日ふと、そう思った。

親や周りの人々に愛され、そして愛する方法を

身につけていくんだよね。

一番に愛すべきは、自分自身。

この宇宙よりでっかい愛で自分自身を抱きしめてあげよう。

何も混じり気のない、純粋な愛で思いっきり自分自身を

包んであげよう。

「あなたは、この地球上で他の誰でもないたった一人の

大切な存在なんだ」と。

たくさんの愛で自分を包んであげたら、

いつか、その愛が溢れて流れ出す。

そして、その愛は周りの人たちへ伝わり始める。

まずは他の誰でもなく、自分なんだよね。

自分を許してあげること

自分を温かい空間で休ませてあげること

自分を雨風から守ってあげること

自分に栄養を与えてあげること

自分を十分愛せたら、周りの人も愛せること

全ては自分の中で起こっていることなんだもん。

愛してるよ、かずちゃん。

2010年8月 3日 (火)

許容量オーバー!?

あ~、日付が変わって8月3日になってしまった。

今日は、ぬくもりの会スタッフミーティングの日。

やばい・・・準備ができていない・・・とさっき気づいて

資料をプリントアウトしたり。

ほんとは2日に仕上げたかった「自死遺族のためのワークショップ」

開催要項もできていない。

行き詰ってしまった。

骨子はできているのに、言葉が出てこない。

ヤバイ・・・5日の大阪市の部会までには作って修正をかける予定なのに。

やっぱり許容量オーバーかな?

ちょっと身辺整理しなくちゃなって最近感じてます。

で、書類をガサガサしてたら、大阪市こころの健康センターが発行している

「うつ」ってなーに?という冊子と

うつ病をこじらさないための家族の対応という冊子が出てきた。

目を通してたら涙が出そうになった。

これが、25年前にあったら・・・と。

当時、私が欲しかった情報が載っている。

あの頃に、この情報があれば、もう少しラクに生きられたかもしれない。

・・・って去った過去のことを色々言っても仕方ないね。

とにかく、今日1日生きてみよう。

2010年8月 1日 (日)

今日から8月

今日から8月。

その第1日目は、フラのイベントで始まりました。

岸和田で、なんとこの炎天下のもと屋外でのイベント・・・。

更に、立ち位置が最前列だったために日光が直撃^_^;

むっちゃ、まぶしくて目を開けてられなかったけど、

それでも、振りの一部で真上を見たときに青い空が広がっていて

とても気持ちが良かった。吸い込まれそうな感じで・・・。

ハワイで踊ったら、もっと気持ちいいんだろうなぁ・・・。

実は28日のハートネットTV放送前後に、久々に大きな感情の波に

襲われてかなり不安定になってしまった。

体もいうことをきいてくれなくて、今日のイベントの準備も進まず

内心不安だった。

でも、昨日のピアノ・リサイタルのおかげで、なんとか持ち直して

夜にドレスのお直しをして、今日のイベントに間に合った。

全てはうまくいってるんだな、守られているんだなぁって思った。

振りを間違えることもなく踊れたし、

先輩フラシスターからは、「きれいだったよぉ。」「みんな揃ってて

良かった。」と言ってもらえてホッとした。

家に帰ってきてからは、バタンキューで寝てしまい、ちょっとイヤな

夢を見てしまった。

でも、7月終わりから今日にかけての自分を

思いっきり褒めてあげたいと思う。

勇気を出して番組に出たこと。

色んな感情に襲われたけど、逃げなかったこと。

フラもきちんと踊れたこと。

泣きたい時は泣いて、

笑いたい時は思いっきり笑って

そうやって色んなことを体験しながら、

自分を褒めてあげて生きていくんだろうな。

やっと、生きていく方法が少しずつ見えてきた気がする。

まだ、頭がボーッとしてるけど、シャワーを浴びて

すっきりしたら

大阪市の「自死遺族のためのワークショップ」要綱作りが

待っている^_^;

2010年7月30日 (金)

ハートネットTV

28日にハートネットTVの放送が無事(?)終わった。

放送日とその翌日には、ここには書ききれないくらい色んなことが

起きた。

久々に深い感情に襲われ、泣かないように仕事をするので

精一杯だった。

その反動なのか、今日はお昼すぎまで死んだように眠っていた。

PTSDが一番ひどかったときのように体が動かなかった。

この番組は、私が自死遺族として初めて勇気を出して出演した番組だった。

とてもいい番組だったと思う。

当事者の声がありのまま表現されていたし、雑踏の中にいる人々のナマの声も

そのまま聴けた。

これが今の日本社会なのだと分かる番組だったと思う。

この番組を通して、「死にたい気持ちを語ってもいいんだ」と1人でも多くの人が

感じ取ってくれていたら嬉しい。「もう少し生きてみようかな」と思ってくれた人が

いたとしたら、この上ない喜び。

番組の放送が終わってから、たくさん愛の詰まったメッセージをもらった。

その人なりの表現で・・・。

それが何より嬉しかった。

私に同情したりするんじゃなくて、今の私をそのまま受け入れてくれる

メッセージばかりだった。

やっぱり、私は人に恵まれてると思う。

お母さんがプレゼントしてくれた多くの出逢いが、今私を生かしてくれてる。

ほんとにありがとう。

私は十分幸せです。

2010年7月28日 (水)

ドキドキしてきた・・・

毎週火曜日は、夜9時から2時間韓国ドラマを見て、

そのあと1時間は台湾ドラマ。

台湾ドラマの方はラブストーリーで、「すごい展開やな・・・」って思うことも多いけど、

やっぱり感情表現が豊かで見ていて気持ちがいい。

今見ている「敗犬女王」は年上の女性と年下男性のラブストーリー。

今日は、とってもラブラブなシーンが多かった。

ドラマを見ながら「こんな時期もあったよなぁ」って思う私は年をとったってことなのか?

でも、自死遺族という側面が増えると、こういう話題から離れてしまいがちなのも

本音かな。

もし、私が今独身だったら、将来恋人を作ることとか結婚とかを考えることができたかな?って。

誰かを好きになったり、おしゃれを楽しんだりできたかな?って。

誰かが好意を寄せてくれても、素直に受け取れるのかな?って。

まぁ、いいや。今は主演のイーサン・ルァウに恋してます。(って、自分、旦那いるやん!)

彼はきっと将来、いい役者さんになると思うなぁ。楽しみ・楽しみ・・・・って

やっぱり私、年とってるんや・・・(汗)

で、ドラマが終わったら急にドキドキしてきた。

NHKの放送、ついに今日だ。

昨日もディレクターさんと少し電話で話したけど・・・。

あかん、こんなに緊張するとは予想外。

穴があったら隠れたい気分になってきた。

全国ネットでオンエアされるってことが、頭からすっかり抜け落ちていたことに

今更ながら気づいた。

あ~、私とんでもないことしたんじゃないかなぁ・・・。

不安というより、何かが変わる予感。

大丈夫、大丈夫・・・とりあえず明日の放送を見てから考えよう(って言い聞かせてる。)

2010年7月23日 (金)

愛してる

愛してる・・・って叫びたい気分

誰に?って聴かれても自分でも分からない

私の身近なところで見守ってくれた人、遠くにいても応援してくれた人

天国にいる私の両親、私を育ててくれて町、それから空や海や風、木々たちにも。

初めて野生のイルカと泳いだとき、とても優しい無条件の愛に包まれた。

あの頃の感覚が戻ってきた。

今でも、あの優しい愛を覚えてる。

辛く、苦しいことも優しく柔らかな思い出に変えてくれる。

辛かった記憶が愛しい記憶に変わっていく。

イルカから教えてもらった愛をみんなとシェアしていこう。

愛を表現することは、この日常生活の中では時として勇気がいるけど・・・。

自分が愛から生まれてきた存在であることを思い出せば

人生は彩りが増していく。

まずは私自身が「愛から生まれた存在であること」をしっかり自覚すること。

そしたら、怖いものはないはず。

勇気は、多分、愛から生まれてくるんだね。

2010年7月19日 (月)

長崎

17日と18日の2日間、長崎に行ってきた。

観光ではなく、勉強で。

1泊2日の自死遺族支援のワークショップ。

2年ぶり2回目の参加だったけど、今回はどちらかというと

「お勉強」って感じだった。

・・・とは言っても、恒例のグループワークはいつも通り

みんなの意見がたくさん出て熱かった。

この2年間、色んなことがあった。

私自身のこと、ぬくもりの会のこと、大阪市の活動のこと

報告したいことがいっぱいあった。

何よりも、「この4年半、辛かったけど生きてきて良かった。

多くの方々に守ってもらったいのちが、こうして活動ができるまでに

なった。」と伝えたかったから。

初日の夜の懇親会で、スピーチが当たったから伝えたいことを

そのまま話し始めたら涙が出てきた。

体が動くようになってからの3年間の想いが一気にあふれてきた。

ありがとう・・・

その言葉しか見つからなかった。

たくさんの方々に見守られることが、こんなにも安心できることで

人生がこんなに彩りが豊かだってことを知ったのは、

まぎれもなく、この4年半の間に培った色んな人との出逢いからだ。

ワークショップは2日目のお昼に終わり、夕方の帰りの便まで時間があったから

講演会にも顔を出した。

今年は、「私の母はビョーキです」というマンガを描いた中村ユキさんの講演。

統合失調症を患う母と共に生きてきた方。

講演を聴いているうちに、「私は母の本当の病名は知らないままだったな」と

気づいた。

母が体調を崩し、おかしくなったのは、私が小学6年の時のこと。

初診は父が付き添った。その病院にカルテが残ってるか問い合わせたけど

5年保存と言われ、確認できないことが分かった。

そして父も母が亡くなる10ヶ月前に病死して、確認のしようがなかった。

でも、分かる。

統合失調症だったと。

症状を思い出したら、そのままだ。

中村ユキさんの講演を聞いて、心が沈んだ。

「お母さん、本当にしんどい人生だったね。辛かったね。」と。

お母さん、私ね、長崎のワークショップに行って良かった。

この4年半生きてきた自分を心から褒めてあげることができた。

それにね、私の進む道をみんなの前でちゃんと宣言することができた。

旦那さんもね、そのことを喜んでくれてたよ。

お母さん、お母さんと生きた39年間は今では私にとっては、

とても大切な宝物です。

39年の間に体験したこと全てが、これからやろうとしていることに

役立つんだから。

お母さん、ほんとにありがとう。

私を産んでくれてありがとう。

辛かったのに、一生懸命生きてくれてありがとう。

私も思いっきり生きてみるね。

2010年7月14日 (水)

ラブコメ

今、台湾のラブコメにハマっています。

自分でもこんなにハマるとは思ってもいなかったcoldsweats01

感情表現が豊かで、見ていて気持ちがいいんだなぁ~。

毎週TVで見るのも面倒なんで、DVDで見ようと借りたものの

1枚に3話しか収録されていないために、TSUTAYAの常連さんになってしまった。

昔、ラブコメってそんなに見なかったのになぁ~。

今はねぇ、「そうそう、人生ってそんなもんよ。笑いあり、涙ありよ。」って思ってる私がいます。

9日にNHKの撮影が終わってから、色んな感情が押し寄せてきています。

撮影の時は自分でもビックリするくらい、色んなことを言い切っていたな。

私が話してるんじゃないみたいだった。

昨日、久しぶりに主治医の先生に会ってきて、NHKの番組に出ることも話した。

「2年前は、私だけの言葉や想いだったのに、今になって目に見える形になったきた」って。

そしたら先生は「あなた、それ、芽吹いちゃったのよ。」だって。

先生らしい表現。

また、少し強くなれたかな?

NHKの撮影がきっかけで、今まで私が自死遺族だってことを知らない人にも知ってもらう

いい機会かもしれないって思えるようになった。

「この人たちになら託してもいい」と思えるディレクターさんやカメラさん、音声さんに

出逢えたことも大きかったな。

それに私自身、堂々と生きていきたいし。

何より、いちいち説明するのも面倒だし疲れる・・・。

それだったら、「28日の番組に出るよ。」って言った方がラクだしね。

台湾のラブコメは、ひょんなことから恋人ではない男性の子を妊娠したけど

事故で中絶を余儀なくされた女性とその男性の物語。

私は母親になった経験はないけど、集中して見てるときに、ふと思った。

「そうだよなぁ~。いのちが生まれる時、周りの人間は何もしてあげられない。

せいぜい、腰をさするとか、手をにぎるとかぐらい。あとは、お母さんと赤ちゃんの

生きる力を信じるしかないんだよな。みんな忍耐強く、その瞬間を待ってるよな。」って。

自死遺族にとっても同じだなって。

痛みや悲しみは本人がイヤでも感じるしかない。

周りの人が痛みや悲しみを本人に変わって感じることなどできない。

どうして、こんなにシンプルなことが理解されていないんだろう。

疲れ切っている当事者が、十分悲しんで、安心して休める空間が

必要なんだ、温かい人肌のぬくもりが必要なんだとどうして気づかないんだろう。

人が赤ちゃんをどうやって育てていくのかを考えれば、やることは自ずから見えてくるはず。

あ~、なんか、またやることが増えたような気がする。

還ってきてホッとする空間・・・それが大事なんだって。